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A local guide made by walking

渋谷育ちの
フードカルチャー誌

Vol.20 稲田 浩(編集者)

2025.11.05

偶数月の6日になると、書店やコンビニの本棚に並ぶ雑誌があります。「FOOD CULTURE JOURNAL」を標榜し、その名も『RiCE』。最新号から特集を遡れば「京都の中味」、「焼酎のない人生なんて。」、「台湾の食べ方」、「みんなのペアリング」などフーディーの関心の半歩先を行きつつ、エッジの立ったタイトルばかりが躍ります。 2016年の創刊以来、編集長を務める稲田 浩さんは、雑誌編集者として30年を数えるキャリアの大半で、渋谷を拠点としてきたと話します。編集部が幾度となく引越しを迫られても、移転先に考えるのはやっぱり渋谷区内。稲田さんと同様、フードカルチャー誌の歩みもまた、渋谷の街とともにあるようです。

千駄ヶ谷の編集部で
引越しを前にして

「じつは4月から池尻に編集部を移転するんですよ。池尻で開業する「HOME/WORK VILLAGE」。千駄ヶ谷も気に入っていたんですけどね……落ち着いた雰囲気だけどランチがおいしい店が多く、気の流れも良いように感じられるから、ここに移転してくる前よりも出社の頻度が増えたくらいです」  フードカルチャー誌『RiCE』の編集部は、創刊当初こそ下北沢だったものの、2020年からずっと渋谷区内だそう。神南から移転してきた千駄ヶ谷の編集部は、「BE A GOOD NEIGHBOR COFFEE KIOSK」が数十mの距離にありました。 「ランチの後とか、気合いの必要な原稿の前とかに、さっと立ち寄ってテイクアウトします。おいしいのはもちろん、キオスクを名乗るくらいの気軽さがうれしいですよね」

働く人々の胃袋を掴む
味噌汁店

千駄ヶ谷はファッションやデザインなどクリエイティブ関係の事務所が多く、飲食店もまた感度の高い店ばかり。編集部からの距離感、値段、そして味の総合力から稲田さんがランチに推すのが「がらり 千駄ヶ谷店」です。 「日替わり定食が充実しているのはもちろん、とくにうれしいのがごはんと味噌汁を何杯でもおかわりできること。しかも味噌汁は赤味噌と白味噌、合わせ味噌から日替わりの2種類があるんですよ。だからいつも3杯くらい飲んでしまいます。今日は日替わりの『ヒラス西京焼』かな……あ、ミニサラダと納豆の小鉢も追加してください。通うようになって知ったのが、ここは味噌とともに黒糖焼酎にも力を入れていること。奄美群島でのみ造られる希少な黒糖焼酎を全蔵から取り揃えているそうです。昼が味噌汁店なら、夜は黒糖焼酎専門酒場に様変わり。3月号の焼酎特集、昨年のスピリッツ特集など機に、勉強のため夜営業にも来るようになりました」  食後の散歩には、すぐ近くの国立競技場へ。東京の新名所まで気軽に足を延ばせるのも、千駄ヶ谷ならではでしょう。

映画館で待つ
宝石のような出会い

「渋谷の原体験というと、大学進学を機に上京してからですかね。渋谷とか、新宿とか、数ある遊び先の選択肢のひとつ。当時から雑誌は好きでしたが、それ以上に熱中していたのが映画です。シネマ研究会っていうサークルに入って自信喪失するまでは、映画監督が夢でした」  現在も年間130本ほどの映画を鑑賞するという稲田さんは、「ユーロスペース」で観た映画に衝撃を受けたそう。「旧作ですが、エルンスト・ルビッチの『天使』。とにかく洗練されていて、見せないことの豊かさのようなものが忘れられません。シネマヴェーラ渋谷もあるし、カフェも入っているので、あのビルそのものが好きなんですよ。昨日もダグラス・サークの特集を観に行ったばかりです」

フードカルチャー誌が
渋谷を特集するなら

「映画の本を読むのも好きですね。自分の好きな本が多いのは古書店の『ロスパペロテス』。蓮實重彦さんの『光をめぐって』とか、ポール・シュレイダーの『聖なる映画』とか、見つけたときには驚きました。静かな雰囲気に見えて、本棚を通して発信している店だと思います。上原から幡ヶ谷方面は連載の打ち合わせに行くことが多いので、『餃子の店 您好』もよく通っています」  新卒から10年所属した音楽系出版社も、その後に編集長として立ち上げたファッションカルチャー誌も、そして現在も。渋谷で働きつづけ、街と人生がシンクロしているような気さえするという稲田さんに、『RiCE』で渋谷特集をする ならどうするか、最後に聞いてみましょう。 「人を立てた特集でしょうね。店主とか、料理人とか、人と店がイコールの関係にあるように思います。食のキーパーソンがたくさんいたのは創刊のきっかけのひとつでしたし、そういう人の店があるのは渋谷が多くて…… でも、じつは 新宿特集をやろうという話も感じられるんです。渋谷が“ 人”なら、新宿は“場”の力があるように思います。新宿が先に実現しちゃったら、ごめんなさい(笑)」

連載陣には吉本ばなな、加藤シゲアキ、渋谷直角、 平野紗季子など話題の書き手が名を連ねる。

List

1
BE A GOOD NEIGHBOR COFFEE KIOSK 千駄ヶ谷店
渋谷区千駄ヶ谷3-51-6

千駄ヶ谷の日常に句読点を打つ存在のコーヒースタンド。稲田さんはいつも「本日のコーヒー」を注文するという。 @bagn_coffeekiosk

2
JINNAN HOUSE

ライスプレスが企画会社とともに事務所を構えていたミニマル複合施設。2020年に渋谷区神南でオープンした。 @jinnan.house

3
がらり 千駄ヶ谷店
渋谷区千駄ケ谷2-6-4

昼営業は売り切れ必至なので、早めの訪問が吉。黒糖焼酎を取り揃える夜営業にもファンが多い。日曜定休。 @galali_sendagaya

4
ユーロスペース
渋谷区円山町1-5 KINOHAUS 3F

東京のミニシアターの代表格。シネマヴェーラ渋谷が上階にあり、稲田さんはビル全体が好きだという。 @eurospace_official

5
ロスパペロテス
渋谷区西原3-4-2 紅谷ビル G102

代々木上原駅至近の古書店。国内外のアートブックや雑誌のほか、食の本も充実。ロゴマークは和田誠のデザイン。 @lospapelotes

6
餃子の店 你好
渋谷区西原2-27-4 升本ビル 2階

1982年創業の餃子専門店の餃子は、皮から手作りする本格派。『RiCE』の連載のロケ地となったことも。月・日曜定休。

Profile

稲田 浩 Hiroshi Inada

1969年生まれ。大阪府生まれ。編集者。ロッキング・オンで音楽雑誌に携わった後、2004年にファッションカルチャー誌『EYESCREAM』を創刊し、2016年まで編集長を務める。退任とともに自身の出版社となるライスプレスを立ち上げ、フードカルチャー誌『RiCE』を創刊。現在は第40号の京都特集が発売中。4月6日発売の次号は京都を特集。2020年以来、編集部を渋谷区内に構えている。 https://www.rice.press

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