all streets shibuya

A local guide made by walking

都会の喧騒を離れて
渋谷で心を無にする
西原→代官山

Vol.02 チーコ
(フローリスト)

2022.06.22

 チーコさんは、ささやかな草花の魅力を伝えるフリースタイルなフローリストです。渋谷区西原と下北沢に花屋「Forager(フォレジャー)」を構えるほか、飲食店やセレクトショップ、商業施設、アパレルブランドの展示会など、花の生け込みを行なう現場は多岐に渡ります。愛車のハンドルを握り、素朴な草花を仕入れ、届ける日々の密かな楽しみが、出先でお気に入りのスポットを見つけること。それは礼拝堂や広場など、ぼーっとできるような場所ばかりです。渋谷にいながら心を無にするショートトリップは、まず彼女のお店のドアを開くことから始まりました。

花屋で色を響かせ合う
野に咲くような草花。

「私は昔から、主役よりも脇役、メジャーよりもサブのお花に惹かれちゃうんですよね」
 チーコさんのその言葉どおり、「Forager」に入ると、街の花屋では目立たないような草花ばかりが並んでいました。日替わりでスタイリングされる草花は20種類以上。この日は黄色の花を大きく咲かせたキンセンカに、野性的な青いギリアが存在感を放っていました。
「キンセンカはビッグバードのお尻に見えますし、ギリアは咲くと青い瞳の女の子みたいでかわいいですよ。重視しているのは色の響き合い。お客さんには、お花って気軽に楽しめるんだと思ってもらえたらうれしいですね」

メインストリームにはない
サブの魅力がある西原。

 チーコさんがサブに惹かれるのは、なにも草花に限りません。「Forager」を構えたのも渋谷区西原。商店街の奥まったところにあり、目の前には桜や梅の木がそびえる、まるで隠れ家のようにこぢんまりとした花屋です。
「西原にはサブの空気感があるんですよね。大きな商業施設やチェーン店が多い大型駅周辺とも、ヒップなムードの代々木上原とも異なります。もっとリアリティがあるというか……東京っぽいなと逆に私は思うんです。スモールビジネスに元気があって、生活感が色濃い街。ガイドブックには載らないような魅力が感じられるんです」
 古着屋にインテリアショップ、食料品店。チーコさんにお気に入りの店を訪ねると、すらすらと名前が上がりました。それこそ彼女が西原に花屋を構え、顔の見える関係性を築いてきた生活の証なのかもしれません。

東京ジャーミイで非日常への
ショートトリップ。

 チーコさんは「Forager」で花の小売をするだけでなく、愛車であるスズキのジムニーでさまざまな店や施設に赴いては、生け込みを行ないます。
「生け込みに出かけては、先々でぼーっとできる場所を探してしまいます。季節や時間帯によって光の入り方はさまざま。お気に入りのスポットをストックし、ベストなタイミングが訪れるたび、くつろぎに行きます」
 代々木上原の東京ジャーミイもそのひとつ。高さ約41mのミナレットと円形ドームが目を引く日本最大級のモスクは、街のランドマークとして知られています。
「私が普段接しているような自然物にはシンメトリーがありません。でも、東京ジャーミイはイスラーム建築なので、人工物の極みのようなシンメトリーがとにかく美しい。いつ来ても圧倒されて、なにも考えることなく、ただ目の前の建築美に見入ってしまいます」

秘密にしておきたい
明治神宮宝物殿前芝地。

「広場とか教会とか、お金を払わずにぼーっとできる場所は海外だとたくさんありますが、東京はなかなかありません。でも、消費することから距離を置いて、心を無にするのは、日々の生活でとても大切なひと時。私のお気に入りには、そういう場所が多いのかもしれません」
 チーコさんはそう前置きして、明治神宮内の宝物殿前芝地を紹介してくれました。本殿の奥に広がる芝生広場はさながら都会のオアシス。木々が生い茂り、池が静かに水を湛えるそばでは、ピクニックにヨガ、昼寝などをする人々がいて、弛緩した時間が流れていました。
「宝物殿前芝地では人工的な音がほとんど聞こえません。原宿や渋谷、新宿にも歩いていけて、ドコモタワーが間近に見えるような立地なのに。たまに来ては、芝生にごろんと寝転んで、ただぼーっとして時間がすぎるのを待ちます。なにもないっていうのが、かえってすごく贅沢で気持ちいいんですよね。実はここ、私の大切な友だちがこっそり教えてくれた場所。だから本当は秘密にしておきたいのですが、自信を持っておすすめもしたい、それくらいお気に入りの場所なんです(笑)」

List

Profile

チーコchi-ko.
本名・上野智枝子。フローリスト。2009年に大手花屋から独立後、フリーランスとして活動を開始。2015年に下北沢、2018年に渋谷区西原で花屋「Forager」をオープンし、野に咲く草花を集めたような独自のテイストが共感を呼ぶ。隣接する「パドラーズコーヒー」や「マーガレット・ハウエル 神南店」など、話題の飲食店やセレクトショップの花の生け込みも多数。トラベル・ライフスタイル誌『PAPERSKY』では、いとうせいこう氏の連載「Japanese Fika」のフラワーアレンジを担当している。