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A local guide made by walking

映画監督が渋谷で探す
未知との出合い

Vol.10 枝 優花
(映画監督、脚本家)

2023.02.20

カルチャーの発信地である渋谷でも、近年、映画館や書店の営業終了が相次いでいます。歴史に幕を閉じた空間に、たんなるノスタルジーではなく、知らない世界の接点との喪失を感じると話すのが、今回のゲストの枝 優花さんです。弱冠23歳で手がけた初長編映画作品『少女邂逅』が異例のヒットを記録したことでも知られる気鋭の映画監督。彼女は自らの作品が渋谷で公開されるようになってからも、日々の隙間を見つけては映画館に足を運び、書店の棚から作品のヒントを見つけ、制作の息抜きに散策をしているそう。映画監督のまなざしを知るべく、6ヶ所のお気に入りスポットを紹介してもらいました。

脚本を書くための
気分づくり

「映画監督といっても、やることは小学校とあまり変わりません。脚本を書くのが国語なら、数字を細やかに管理するのが算数。現場仕事はまるで体育。国語、算数、体育をいくつになってもやっているような感じです(笑)」
 そう静かにほほえむ枝 優花さんは、自らを「家だと集中できないタイプ」と評します。脚本をカフェで執筆することもめずらしくなく、お気に入りは桜丘町にあるそう。
「『WHITE GLASS COFFEE』によく行きます。執筆ってそのときの気分に引っ張られがち。だから窓が大きくて、自然光がきれいな明るい空間を選ぶようにしています。渋谷駅周辺の喧騒から少し離れているのもうれしいですね」

日常的であり
吸収する場としての映画館

「渋谷の映画館では『CINE QUINTO』が好きです。セレクトに特色があるので、打ち合わせ終わりや移動の合間などに、おもしろそうな作品があればふらりと入るようにしています。今年でいえば、忙しくて気分が落ち込んでいたタイミングで通りがかり、上映5分前だった『リコリス・ピザ』に駆け込んだことがありました(笑)」
 映画館には連日行く時期もあれば、制作中の作品の世界観が揺さぶられないよう、現場仕事を優先して1ヶ月も足が遠のくこともあると言います。映画監督はどのような姿勢で映画を鑑賞しているのでしょうか。
「もちろん、友だちと予定を合わせて、ポップコーンを片手に映画を観ることもありますよ。でも『CINE QUINTO』で上映しているような作品だったら、最初から最後まで集中して観たいし、なにかを吸収したい。冒頭に持ってくるもの、ショットの意図、現場の空気……全部に目を向けないといけないのが監督なので。仲間たちと映画を観た後、そのまま飲みに行って感想や意見をぶつけ合うようなこともよくやっています」

オンラインではなく
現実ゆえの偶然に期待して

 枝さんは、映画に期待するのは共感ではなく、見たことのない世界との出合いだと話します。それは本についても言えること。打ち合わせが多い仕事柄、その空き時間を見つけては書店に入るようにしているそう。
「たとえば大型書店である『MARUZEN & ジュンク堂書店 渋谷店』の店内を歩くだけでも、知らない本がいくらでもあり、思いがけない一冊と偶然めぐり合えるかもしれません。なにかおもしろそうな本がないかとうろつき、制作の参考にできそうな心理学の本を見つけたこともあります。いくらオンラインで本が買えるようになったとしても、検索ってじつはすごく限られた狭い世界。だって、知っていることしか検索できませんから」

制作の息抜きにすごす
お気に入りの空間

「大型書店とは違って、選書を通して知らない世界に出合えるセレクト書店として『SHIBUYA PUBLISHING & BOOKSELLERS 本店』にもよく行きます。写真の3冊は実際に買いましたが、まさに検索できない内容。一般流通にないZINEが売られているのもめずらしいですよね」
 奥渋谷には映像制作会社がいくつかあり、制作の時期によって通うことがあるそう。同じ理由でたびたび訪れているのが神宮前だといいます。
「『LOTUS』は空間が魅力的で、系列店すべてに行ったほどファンです。『YOGORO』も大好きで、10回以上は食べています。私は映画のことを一日中考えてしまうので、こういった好きなお店ですごすのが息抜きになっています」
 最後に、映画監督として渋谷を舞台に作品を撮るならと質問を投げかけてみました。
「なんだろう……これだけビルが空に向かって延びている街なので、反対に路上を撮ってみたいですね。たとえば宝くじ売り場。私の地元では全然見かけないのに、変化が激しい街で残っていることがすごいじゃないですか。そこにカメラを向けたら、おもしろい映画ができるかもしれませんね」

List

Profile

枝 優花Yuuka Eda
1994年生まれ。群馬県出身。映画監督、脚本家。2017年に初めて制作した長編映画作品『少女邂逅』がMOOSICLAB2017で観客賞を受賞し、劇場公開されると高い評価を得る。香港国際映画祭や上海国際映画祭に正式招待、バルセロナアジア映画祭では最優秀監督賞を受賞。2019年には日本映画批評家大賞の新人監督賞を受賞。『神木隆之介の撮休』(第4話)などドラマやMVも手がけるほか、アーティスト写真や広告など写真家としても活動中。